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世界が核をやめられないのとアメリカが銃をやめられない理由は同じなのか?


 を持とうとする国と、を持とうとする人の理由は同じであろう。
 規制する側が違うだけであろう。
 規制される者の理由が同じであれば、規制の仕方も同じにすべきである。
 アメリカをやめられないから、を容認しているのであろう。
 世界をやめられないなら、も容認するしかあるまい。

 勘違いすべきではないことがある。
 危険運転はであるが、車がなのではなく、運転者がなのである。
 殺傷事件も同じである。
 刃物やではなく、使用者がなのである。
 も同じである。
 自体はではないのであるから、核保有が悪なのではなく、核使用が悪なのである。

 もちろん、核保有が危険なことは言うまでもない。
 どこかに核がある限り、核で世界が滅びる可能性がないわけではない。
 が、それは仮定であって確実ではない。
 確実なことは、たとえ世界のすべての核を葬りされたとしても、いつか必ず世界の終わりはやって来るのである。
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桜田史弥.

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「歴史チップス」の桜田史弥です。

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